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「業界用語」について考える


みなさん、こんにちは! 「金融翻訳者のための養知塾」塾長の寺崎です。

前回のブログでは、「クライアントから選ばれる金融翻訳者になるための3つの要件」として、

1) クライアントの「業界⽤語」で書く

2) 原⽂の「誤り」を指摘する

3) クライアントを「教育」する

の3つを挙げましたが、今回はこのうち「業界用語」とは何かについて、少し考えてみたいと思います。

業界用語の3つの特徴

私は、前回のコラムで業界用語を「それぞれの専⾨領域で確⽴された⽤語体系(nomenclature)を基礎とした、専⾨家同⼠の情報伝達を効果的かつ効率的に行うための⼿段」と定義しましたが、業界用語の一般的特徴としては、以下の3つが挙げられるのではないかと思います。

1) 用語体系を持っている

2) 文脈に依存した訳語を持つ

3) ジャーゴン化する

これらについて、財務報告(financial reporting)の分野における具体例をもとに説明します。

用語体系を持っている

業界用語には定義された専門用語の体系があります。専門用語は一般的に使われる言葉より、はるかに深い意味の広がりをもっており、これが専門家同士の正確かつ効率的なコミュニケーションに重要な役割を果たしています。

たとえば、”relevant”という単語があります。辞書を引けば、「関連のある」とか「適切な」といった訳語が出てきますが、財務報告の世界では特別な意味づけがなされています。

以下は国際会計基準審議会(IASB)の「財務報告に関する概念フレームワーク(The Conceptual Framework for Financial Reporting)」の英語版及び日本語版からの抜粋です(下線は筆者による)。

  • The objective of general purpose financial reporting is to provide financial information about the reporting entity that is useful to existing and potential investors, lenders and other creditors in making decisions about providing resources to the entity. (一般目的財務報告の目的は、現在の及び潜在的な投資者、融資者及び他の債権者が企業への資源の提供に関する意思決定を行う際に有用な、報告企業についての財務情報を提供することである。)

  • If financial information is to be useful, it must be relevant and faithfully represent what it purports to represent. (財務情報が有用であるべきだとすれば、それは目的適合的で、かつ、表現しようとしているものを忠実に表現しなければならない。)

  • Relevant financial information is capable of making a difference in the decisions made by users. (目的適合性のある財務情報は、利用者が行う意思決定に相違を生じさせることができる。)

対訳を見てお気づきの通り、”relevant”という言葉は財務報告の世界では、「目的適合的」あるいは「目的適合性のある」と訳すことになっているのですが、ここで大事なことは、会計のプロフェッショナルが”relevant”という単語を見たとき、ざっと上記のような意味の広がりを想起するのだということを承知の上でrelevantを「目的適合的」と訳せるかどうかです。また上のような意味の広がり、すなわち「財務報告の目的は、財務報告の利用者が行う意思決定に有用な情報と提供することであり、その目的に適合する情報を”relevant information”と呼ぶのだ」といったことを踏まえて初めて、relevantに「目的適合的」という訳語が与えられた理由が分かるわけです。

それでは、”relevant”の訳語が「目的適合的」であることを覚えるだけではだめなのか、といえば、残念ながらだめなのです。Relevantに「目的適合的」という訳語を充てただけの訳文と上記のような意味の広がりを踏まえた上で訳された訳文を比べたとき、プロが読めば一目でその違いが分かってしまうものだからです。

文脈に依存した訳語を持つ

業界用語を訳す場合には、英語としては同じ単語でありながら、文脈によって様々な訳語を充てなければならないということが頻繁に起こります。上の”relevant”という単語も財務報告という文脈において特定の意味を持つ例ですが、財務報告文脈の中で使われている限り、「目的適合的」と訳しておけば、ほぼ問題のない単語です。しかし、単語によっては、しかも基本的な単語ほど、そうでないのが通常です。

たとえば、”account”という最も基本的な単語を例にとってみましょう。以下の例文で使われているaccountあるいはaccountが含まれる下線部の訳語を考えてみて下さい。

  • The chart of accounts is a listing of all accounts used in the general ledger of an organization.

  • If you don't have enough funds in your current account to cover a cheque but you do have enough in another account, for example, a deposit account, your bank may use these funds to cover it.

  • A common example of financial assets representing a contractual right to receive cash in the future is accounts receivable.

  • IAS 28 contains special impairment testing rules that apply to investments accounted for under the equity method.

  • The entity is required to prepare the group accounts in accordance with International Financial Reporting Standard (IFRS).

正解は以下の通りです。

  • 勘定科目表

  • 当座預金口座

  • 売掛金

  • 持分法に従って会計処理された

  • 連結財務諸表

いかがでしたしょうか?金融翻訳のプロでしたら、おそらく①から④までは大丈夫だと思いますが、⑤は意外だったかもしれません。英文会計の世界で主役となる会計基準がこれまでの米国会計基準(US GAAP)から、英国会計基準(UK GAAP)をその源流とする国際会計基準(IFRS)に移行するなかで、イギリスの会計用語が翻訳原稿に紛れ込むようになりました。⑤はその例で、accountの複数形は「財務諸表」と訳さなければならない場合があります。

プロの金融翻訳者と話しをしていても、「金融翻訳で難しいのは、同じような概念に複数の英語表現があり、これに対応すると思われる日本語の専門用語も複数あるため、英語と日本語を一対一に対応させることができないこと」という指摘をよく聞きます。したがって、翻訳会社やクライアントから支給されることのある日英対照の用語集などで完全に対応するのは難しく、適切な訳語を見極めるためには文脈で判断するしかない場合が多いのです。

ジャーゴン化する

ジャーゴン(jargon)は業界用語(専門用語)と同義で用いられる場合もありますが、ここでは、「業界内のさらに限定された分野の専門家・実務家の間でしか通じない言い回し」と定義することにします。したがって、ジャーゴンは専門用語だけでなく、専門用語を簡略化したものやスラング・隠語と言った方がよいものまでが含まれます。金融翻訳の仕事においてスラングや隠語にお目にかかることはさすがに稀ではありますが、以下の問いには何と答えればよいでしょうか。

When accountants say “above the line” and “below the line,” which line are they talking about?

Income Statement

For the year ended March 31, 2015

(in millions)

Sales $8,689

Cost of goods sold 6,756

Gross profit 1,933

SG&A expenses 1,281

Operating profit 652

Interest expense 191

Taxes 213

Net profit $ 248

Sales(売上高)のことをtop line、Net profit (当期純利益)のことをbottom lineというのはご存じのことと思いますが、この問いの答えは、Gross profit (売上総利益)です。したがって、”above the line”といえば、salesとcost of goods sold (売上原価)の2つの表示項目(line items)を指し、”below the line”といえば、SG&A expenses (販管費)以下の表示項目を指します。

ある費用項目が”above the line”なのか、それとも”below the line”なのかについては、自明なものがほとんどのように思われますが、実は経理スタッフに裁量の余地がある項目も多いのです。それによって経営者の意思決定に大きな影響を与える場合もあり得るのでこの区別は重要です。

今回は、少し長くなりましたね。次回は、「原文の誤り」や「クライアントを教育する」ために欠かせない「コメントの挿入術」についてお教えしたいと思います。


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